確認できず2026-08-10 公開
「TSMCの月次売上を見れば日本の半導体装置株がわかる」は本当だったか——主要5社×26年で実測し、ゲート到達は1マスだけ、その1マスの向きも「TSMCが先」ではなかった
台湾の上場企業には月次売上の開示が制度化されており、TSMCも毎月10日前後に月次売上を公表します。世界最大の半導体受託製造の売上が毎月見えるのだから、「日本の半導体製造装置株の先行指標になるはず」——市場でよく語られるこの直感を、装置主要5社(ディスコ・アドバンテスト・レーザーテック・SCREEN・東京エレクトロン)×2000年からの26年半(統計側318ヶ月)で実測しました。答えは「個別5社は全滅」。当サイトの採用ゲート|r|≧0.4に届いたのは5社を束ねたバスケットのコロナ除外・+0.404という1マスだけで、しかもその1マスの向きは「TSMC→株」ではなく「株→TSMC」(株のYoYが2ヶ月先行)でした。「TSMCの発表を見てから装置株」という向き(統計→株)の連動は、最も甘く測っても同月+0.324止まりで、どの系列・どの窓でもゲートに届いていません。「先行指標」という通説は、少なくとも過去データのこの測り方では確認できなかった——という結果です。
「TSMC月次=装置株の先行指標」という通説を26年分で測りました。個別5社はすべて連動ゲート(|r|≧0.4)未達。唯一届いたのは5社バスケットのコロナ除外・+0.404の1マスだけで、その向きは株が2ヶ月先行。「TSMCが先に教えてくれる」向き(統計→株)の最良は、5社中4社でラグ0(同月)——先行させても改善しませんでした。毎月みんなが見る数字ほど、発表時点では織り込みが進んでいる、と読める形です。(過去データの記録であり、売買を勧めるものではありません)
| わかること | わからないこと |
|---|---|
| TSMC月次売上が装置5社の株価と過去どれだけ連動したか | 次に装置株がどう動くか |
| 「TSMCが先」か「株が先」か、過去データでの向き | 今どの株を持つべきか |
| コロナ期を除くと数字がどう変わるか | 個別の売買タイミング |
| 唯一のゲート到達が窓依存かどうか | 将来の損益 |
① 前提——毎月10日前後に出る「世界最大の顧客の売上」は、装置株の先回りに使えたのか
台湾では上場企業に月次売上の開示が制度化されており、TSMC(台湾積体電路製造)も月次の売上を毎月10日前後に公表します。世界最大の半導体受託製造であり、日本の半導体製造装置各社にとって主要顧客の一つ。だから「TSMCの月次が伸びていれば、装置投資も伸びる。装置株はTSMC月次で先回りできる」——半導体株の文脈でよく見かける筋書きです。
この筋書きの気持ちよさは、「毎月」「公式」「世界最大」という三拍子にあります。四半期決算より高頻度で、しかも一次情報。ならば実測に耐えるはず、ということで、当サイトの固定手法(前年同月比どうしのピアソン相関・ラグ走査・ゲート|r|≧0.4)にそのままかけました。
② 検証方法(データ源を正直に開示)
- 統計:TSMC公式IR「Monthly Revenue」(investor.tsmc.com)。2000年1月〜2026年6月の318ヶ月(NT$建て。2007年までは単体、2008年以降は連結の公表値の接続)。
- YoYは公表値を採用:TSMCは月次売上と同時に前年同月比を公表しています。水準系列から12ヶ月前比を自算する方式だと、単体→連結の切替(2008年)をまたぐ年に断層が出るため、本記事は公表YoYをそのまま使いました。転記は全318ヶ月について水準×公表YoYの突合検証を実施し、初回転記で誤りが出た2012年・2023年は公式現行ページから再転記しています(検証スクリプトも出典欄に記載)。
- 銘柄:日本の半導体製造装置の主要5社(当サイト選定・銘柄コード順)=ディスコ(6146)・アドバンテスト(6857)・レーザーテック(6920)・SCREENホールディングス(7735)・東京エレクトロン(8035)。
- 株価:Yahoo Finance の月次・調整後終値を前年同月比化。東京エレクトロン・アドバンテストは2000年1月から、ディスコ・SCREENは2001年1月から、レーザーテックは取得できた2010年2月から。
- 相関:ピアソン相関。ラグ0(同月)〜6ヶ月を、統計→株(TSMCが先行)と株→統計(株が先行)の両方向で走査し、|r|最大を「最良r」として採用。重なりが24ヶ月未満のペアは除外。窓は全期間(full)とコロナ期(2020〜2021年)除外(ex_covid)の2つ。
- ゲート:当サイト共通の目安 |r|≧0.4 を「連動あり」とする(事前固定)。
③ 結果——個別5社は全滅、届いたのは5社バスケットのコロナ除外・1マスだけ
5社+5社等加重バスケットについて、全期間とコロナ除外のそれぞれで「最良r(ラグ・向きを最も甘くとった値)」を並べます。
| 銘柄 | 最良r 全期間 | 向き・ラグ (全期間) | n | 最良r コロナ除外 | 向き・ラグ (コロナ除外) | n | ゲート |r|≧0.4 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ディスコ(6146) | +0.320 | 株→統計・2ヶ月 | 292 | +0.323 | 株→統計・2ヶ月 | 268 | 未達 |
| アドバンテスト(6857) | +0.320 | 株→統計・2ヶ月 | 304 | +0.319 | 株→統計・2ヶ月 | 280 | 未達 |
| レーザーテック(6920) | -0.134 | 統計→株・6ヶ月 | 181 | -0.199 | 統計→株・6ヶ月 | 157 | 未達 |
| SCREEN(7735) | +0.363 | 株→統計・1ヶ月 | 293 | +0.381 | 統計→株・0ヶ月 | 270 | 未達 |
| 東京エレクトロン(8035) | +0.377 | 株→統計・2ヶ月 | 304 | +0.395 | 株→統計・2ヶ月 | 280 | 未達 |
| 5社等加重バスケット | +0.395 | 株→統計・2ヶ月 | 304 | +0.404 | 株→統計・2ヶ月 | 280 | 到達 |

つまり:個別ではどの装置株もゲート|r|≧0.4に届きませんでした。最強でも東京エレクトロンの+0.395(コロナ除外)、SCREENの+0.381、ディスコ+0.323、アドバンテスト+0.320。そしてレーザーテックは-0.018(同月・全期間)とほぼ無相関で、最良値ですら-0.199と負符号——5社の中で一社だけ、TSMC月次と逆向きの気配すら出ました。「世界最大の顧客の月次」は、個別の装置株のYoYを説明しませんでした。
④ 向きで見ると——「TSMCが先に教えてくれる」形は確認できなかった
この検証でいちばん面白いのは相関の強さではなく向きです。「先行指標」という通説が正しいなら、TSMC月次を先行させた向き(統計→株)で相関が立つはず。実測は逆でした。
| 銘柄 | 統計→株 (統計先行) | 先行月 | 株→統計 (株先行) | 先行月 |
|---|---|---|---|---|
| ディスコ(6146) | +0.249 | 0 | +0.320 | 2 |
| アドバンテスト(6857) | +0.258 | 0 | +0.320 | 2 |
| レーザーテック(6920) | -0.134 | 6 | +0.062 | 2 |
| SCREEN(7735) | +0.361 | 0 | +0.363 | 1 |
| 東京エレクトロン(8035) | +0.290 | 0 | +0.377 | 2 |
| 5社等加重バスケット | +0.324 | 0 | +0.395 | 2 |

つまり:「統計→株」の最良ラグは5社中4社で0ヶ月(同月)でした。TSMC月次を1〜6ヶ月先行させても相関は改善しない=「発表が先に教えてくれる」形は出ていません。一方、ディスコ(+0.320)・アドバンテスト(+0.320)・東京エレクトロン(+0.377)・バスケット(+0.395)は、株のYoYを2ヶ月先行させた「株→統計」側がやや上(差は+0.05〜0.09)。SCREENは両向きほぼ同値(+0.361対+0.363)でした。差は大きくなく先行関係の断定はできませんが、少なくとも通説と逆の側に気配が偏った、とは言えます。株式市場が半導体サイクルを先に織り込み、TSMCの月次売上は後からそれを「確認」する数字になっていた——過去データの形はそう読めるものでした。
⑤ コロナ期を外すと——わずかに改善、それでも個別は届かない
2020〜2021年は統計も株も同時に大きく振れた期間です。この2年を除いた窓(ex_covid)では、東京エレクトロンが+0.377→+0.395、SCREENが+0.363→+0.381、ディスコが+0.320→+0.323とそろってわずかに改善しました。ただしどれもゲートには届かず、アドバンテストはほぼ横ばい(+0.320→+0.319)、レーザーテックはむしろ-0.134→-0.199と負の側に深くなりました。
⑥ 束ねると1マスだけ届いた——ただし窓依存で、向きは「株が先」
個社の雑音を平均で消す発想で、5社を等加重で束ねたバスケットのYoYでも測りました。結果、コロナ除外・株→統計(株が2ヶ月先行)・+0.404(n=280)が本検証で唯一のゲート到達です。ただし正直に言うと、この1マスは(a)全期間では+0.395に下がる窓依存の到達で、(b)向きが株→統計——つまり「TSMC月次で装置株を先回りする」筋書きとは逆向きです。バスケットで唯一届いた1マスが通説の向きではなかった、という点まで含めて、この検証の結論だと考えます。
なぜ効かなかったのか(ここからは推測です)
以下は実測から離れた仮説(推測)で、本記事のデータで検証したものではありません。考えられる背景は三つあります。
第一に、注目度の高さそのもの。TSMC月次は発表と同時に世界中で報じられます。誰もが見る数字は発表時点で株価に織り込まれやすく、「発表を見てから動く」余地が残りにくい——「株→統計」側に気配が偏った実測とも整合する見立てです。対照的なのは、同じ装置株でも株式市場どうしの連動です。当サイトの既存検証ではSOX指数×東京エレクトロンの同月相関は25年にわたり+0.85前後で推移してきました。市場どうしは同時に動くのに、実物の月次統計は0.3前後で「後追いの確認」になる——この差そのものが、織り込みの速さを物語っている可能性があります(推測)。
第二に、売上と設備投資のズレ。装置株の売上はTSMCの「今月の出荷」ではなく「設備投資計画」に紐づきます。月次売上が好調でも投資計画が減れば装置発注は減る。月次売上という統計の性質そのものが、装置株の業績ドライバーから一段ズレている可能性があります。
第三に、個社の顧客構成。装置各社の顧客はTSMCだけではありません。メモリ(サムスン・キオクシア等)・中国勢・研究開発向けの比重は会社ごとに大きく異なります。レーザーテックがほぼ無相関〜逆符号だったのは、その極端な例と読めます(推測)。同社の成長は特定の検査装置の需要独占に紐づいて語られることが多く、TSMC全体の月次売上とは別のリズムで動いてきた可能性があります。
唯一の到達をどう読むか——「1マス」を「連動あり」と読まない
ゲートを越えたバスケットのコロナ除外+0.404は、窓の取り方に依存した1マスの到達です。全期間では+0.395に下がり、個別5社はどの窓でも届かない。1つの窓で1系列が基準に触れたことを「TSMC月次は装置株に効く」と一般化するのは、この検証がいちばん避けたい読み違いです。しかもその1マスの向きは「株が先」。通説の向き(統計→株)では、どの系列・どの窓でもゲートに届いていません。
この検証の限界
結論を大きく見せないために、弱いところを先に開示します。
① 為替を調整していない。TSMC月次はNT$建て、株価は円建てです。為替の影響は取り除いていません(統計・株ともYoY化することで水準の通貨差は消えますが、為替変動そのものの寄与は残ります)。
② レーザーテックだけ期間が短い。取得できた月次データが2010年2月以降(full n≈181〜185)で、他4社(n≈292〜306)より短い比較です。同社の負符号はこの期間差の影響も受けえます。
③ YoYどうしの相関は「水準の連動」とは別物。本検証が測ったのは前年同月比の連動です。長期の水準トレンド(TSMCも装置株も長期では大きく成長)はYoY化で除いています。
④ 相関は連動の記録であって因果ではない。|r|≧0.4という基準も当サイトの目安で、下回ったからといって「関係が皆無」を意味しません。「銘柄選別の入口として使える強さには届かなかった」という記録です。
同じ検証を再現する3ステップ
この記事の数字は、次の手順で誰でも同じように再現できます。特別なモデルは使っていません。
- 前年同月比にそろえる:TSMC公式IRのMonthly Revenue(公表YoY)と、各銘柄の月次調整後終値の12ヶ月前比(%)を用意する。
- 両方向・全窓で走査する:統計→株と株→統計の両向きで、ラグ0〜6ヶ月・全期間/コロナ除外の窓それぞれについてピアソン相関を出し、|r|最大を最良rとする。
- ゲートと向きを分けて見る:|r|≧0.4を越えたマスを数え、越えた場合は別の窓でも越えるかとどちらの向きかを必ず確認する。「効いた」だけでなく「どちらが先か」まで見ると、通説との差が見える。
毎月・公式・世界最大——三拍子そろった統計でも、装置株の前年比は語りませんでした。「TSMCが先」の向き(統計→株)では、どの系列・どの窓もゲートに届かなかった——それがこの実測の記録です。
まとめ
「TSMCの月次売上を見れば日本の装置株がわかる」は、過去データでは連動と呼べる強さに届きませんでした。個別5社はすべてゲート|r|≧0.4未達(最強でも東京エレクトロンの+0.395、レーザーテックは-0.018とほぼ無相関)。唯一届いたのは5社等加重バスケットのコロナ除外・+0.404という窓依存の1マスで、しかもその向きは株が2ヶ月先行する「株→統計」。「統計→株」の最良ラグは5社中4社で同月(ラグ0)=TSMC月次を先行させても改善しない、という形でした。毎月みんなが見る数字は、発表された時にはもう株価の中にいる——26年半の過去データの形は、そう読めるものでした。
基準日:2026年8月10日。本記事は過去データの記録であり、将来の値動きを予測・保証するものではなく、投資助言でもありません。限界:TSMC月次売上はNT$建て(2007年まで単体・2008年以降連結の公表値)で為替は未調整。YoYはTSMC公表値を採用(単体→連結切替の2008年をまたぐ自算の断層を避けるため)。株側はYahoo Financeの月次調整後終値の12ヶ月前比で、東京エレクトロン・アドバンテストは2000年1月〜、ディスコ・SCREENは2001年1月〜、レーザーテックは取得できた2010年2月〜(full n≈181〜306/コロナ除外 n≈156〜282)。相関は前年同月比どうしのピアソン相関で、ラグ0〜6・両方向走査の最良値。|r|≧0.4は当サイトの連動目安です。数字の読み方もあわせてご覧ください。
出典:TSMC月次売上=TSMC公式IR「Monthly Revenue」(investor.tsmc.com・NT$百万・2007年まで単体/2008年以降連結・2000年1月〜2026年6月の318ヶ月・公表YoY)。株価=Yahoo Finance(ディスコ 6146・アドバンテスト 6857・レーザーテック 6920・SCREENホールディングス 7735・東京エレクトロン 8035/月次・調整後終値)。前年同月比化・ラグ0〜6の両方向走査・全期間/コロナ除外の相関・5社等加重バスケットの算出は当サイト算出。スクリプト:scripts/poc_tsmc_semis.py(転記検証 scripts/validate_tsmc_raw.py)。