市況・金利2026-06-13 公開
「ペンタゴンのピザが売れると有事」を学術指標で測る——地政学リスク×防衛株6銘柄
「ペンタゴン周辺のピザ屋の売上が跳ねると、数日内に軍事行動がある」——湾岸戦争の頃から語られ、近年もSNSの観測アカウントで話題になる有名な俗説です。残念ながらピザの注文数は時系列データとして手に入りません。そこで学術界の『本家』を使います。地政学リスク指数(GPR)は、主要紙の記事から戦争・テロ・軍事的緊張への言及を数えて指数化したもので、FRBエコノミストの研究(Caldara & Iacoviello)として毎月公開されています。グローバル版と日本版の両方を、防衛関連6銘柄に当てました。「地政学リスクが上がれば防衛株が上がる」は、月次で本当か。
検証方法
- GPR指数(グローバル)とGPR日本指数の月次YoYと、各銘柄の株価YoYの相関をラグ0〜6ヶ月で走査(1985年〜・n≈300)
- 銘柄は事前固定:重工大手3社(三菱重工・川崎重工・IHI)+防衛関連として知られる小型3社(豊和工業・石川製作所・細谷火工)
- 仮説も事前固定:『リスク上昇→防衛株高』。機械受注×工作機械の構図どおりなら、防需比率の高い専業ほど効くはず
結果:重工はゼロ近辺、専業でも+0.29止まり
| 銘柄 | GPR(世界) | GPR(日本) |
|---|---|---|
| 細谷火工(4274) | +0.22(lag4) | +0.27(lag2) |
| 石川製作所(6208) | -0.13 | +0.18(lag2) |
| 豊和工業(6203) | -0.15 | +0.14(lag4) |
| 川崎重工業(7012) | +0.13(lag4) | +0.04 |
| IHI(7013) | -0.09 | -0.08 |
| 三菱重工(7011) | -0.06 | -0.14 |

全6銘柄×2指数で、当サイトの基準(|r|≧0.40)に届いたペアはゼロでした(表は全期間・コロナ除外でもほぼ同じ)。重工3社は符号すら安定せず、ほぼ無相関。防衛専業色の強い小型3社は日本指数に対して正の符号が並びましたが、最大でも細谷火工の+0.29(2ヶ月遅れ)で基準の7割。『専業ほど効く』の傾向はかすかに見えるものの、効いたとは言えない水準です。
なぜ効かないのか——リスクの『水準』と株価の『材料』は別物
有事のニュースで防衛関連の小型株がストップ高になる——そういう日があるのは事実です。でもそれは数日のテーマ買いであり、月次のYoY同士の相関にはほとんど残りません。一方、防衛株がこの数年大きく上がった主因は、リスクの水準そのものではなく防衛予算の拡大と受注という政策・業績の変化だったと考えられます。GPR指数は緊張の高まりを敏感に拾いますが、緊張が高い月に株が買われ続けるわけではない——VIXが先行指標として弱かったのと同じで、『不安の指標』は『株価の指標』にはなりませんでした。
結論:ピザ理論のロマンは、月次データでは確認できず
「地政学リスクが上がれば防衛株が上がる」は、41年・約300ヶ月の月次データでは確認できませんでした。瞬間のテーマ買いと、持続する連動は別物です。ただしGPR指数自体は毎月更新される面白い変数なので、当サイトの辞書に常設し、関係が変わらないか定点で見ていきます。なお俗説の元になったピザの観測はあくまで逸話であり、本記事はそれを検証したものではなく、『リスク指標×防衛株』という形に置き換えて測ったものです。相関は過去の記録であり、将来の値動きを保証するものではありません。
「専業ほど効く・+0.29」を買いの根拠にするのが一番危ない(数字の読み方)
有事のたびに防衛関連の小型株が急騰するのを見て、「GPR(地政学リスク)が上がれば防衛株は買い」と読むのが、この検証で最も危ない誤読です。理由は三つ。第一に、最大値+0.29(細谷火工・日本指数・2ヶ月遅れ)でも基準|r|≧0.40の7割にとどまり、全6銘柄×2指数で基準に届いたペアはゼロ。表の一番強い1マスを拾っても、売買の合図になる水準ではありません。第二に、指数の取り方で符号ごと入れ替わります——同じ細谷火工でもGPR世界指数では+0.22、石川製作所は世界-0.13/日本+0.18、豊和工業は世界-0.15/日本+0.14。世界と日本、どちらの指数を選ぶかで正負が反転する変数を、機械的なルールには使えません。第三に、最悪ケースは名前の通った重工大手です。三菱重工は世界-0.06/日本-0.14、IHIは-0.09/-0.08と、リスクが高まった月にむしろ弱含む符号すら出ています。「地政学リスク→防衛株高」を買いルールにすると、いちばん有名な重工ほど逆を踏みかねない。しかもGPRがいつ跳ねるか(=有事)は事前には誰にも読めません。後から「リスクが上がった月は…」と言えても、その急騰自体を予知できない以上、これは予言ではなく事後の記述にとどまります。
「◯◯ショックで△△株」を、自分で確かめる3ステップ
この記事の値打ちは「防衛株の答え」より、“◯◯が起きれば△△株”という語られ方を、誰でも同じ手順で検証できる型にあります。
- ①噂の変数を、水準でなくYoYの時系列に落とせるか——GPRのように公開された指数か、家計調査のように公式統計で測れる形か。数値化できない噂は、ここで止まります。
- ②必ず「同月一致」と「全期間」で見る——有事のテーマ買いは数日で終わり、月次YoYの相関にはほとんど残りません。あとからラグ2やラグ4の最大値を拾うと、どんな変数も「効いた」ことにできてしまいます。
- ③「不安の指標」か「業績の指標」かを分ける——GPRやVIXのような“不安の水準”は、株価を動かす受注・予算・利益とは別物です。橋が架かるのは、その変数が会社の利益を直接動かすときだけ。防衛株を実際に押し上げたのは、緊張の高さより本文で触れた予算・受注の拡大でした。
この3点が揃って初めて、『◯◯で△△株』は「よく聞く話」から「自分で符号まで確かめた地図」に変わります。同じ不安指標の弱さはVIXは日本株の先行指標かで、消費の俗説版は男性下着指数とリップスティック効果で分解しています。1つの結論を覚えるより、この検証の型を持ち帰るほうが、次にどんな“サイン”を聞いても役に立ちます。数字の読み方もあわせてどうぞ。
基準日:2026年6月13日。本記事は過去データの傾向を示すもので、将来の値動きを予測・保証するものではなく、投資助言でもありません。アノマリー・相関は時期によって効果が変わります。数字の読み方もあわせてご覧ください。
出典:地政学リスク指数はCaldara & Iacoviello "Measuring Geopolitical Risk"(GPR・月次・1985年〜・matteoiacoviello.comで公開)。株価はYahoo Finance(調整後終値・月次YoY)。相関は当サイト算出(ラグ0〜6走査・表中に最強ラグを明記、無印は同月)。各社の防衛関連事業への言及は一般に知られた範囲の整理です。基準日2026-06-13 [一次データ:Geopolitical Risk (GPR) Index↗]